あなたは彼氏のいない25歳女性です。
今からなるべく早く、幸せな家庭を築けそうな男性と結婚したいと思ったら、何をしますか?
- Tinderに登録?
- 友達に合コンを企画してもらう?
- 並行してちょっと堅気な結婚相談所にも行ってみる?
もちろん自分磨きも忘れちゃいけない。
ジムに通う? お料理も習う? 髪の色は少し暗めに落として伸ばしてみる? 全身脱毛もしなくっちゃ。
普段から自分を最善のコンディションに整えていて、社交的に出会いの場に繰り出しているような人なら別だ。でも大抵の人は「結婚したい」と思ったら、普段の自分の生活を省みて、何かしらの改善アクションを取ろうとするのではないだろうか。
それは何故か?
現状のままでは出会いのチャンスもほとんどなくて、今の自分のままでは誰かの結婚相手として魅力的に映らないからだろうか?
婚活市場における「魅力」の正体
出会いの機会が少ないことはさておき、婚活市場における「魅力」とは一体なんだろう。
結婚を意識していなくたって人はキレイでいたいと思うし、人によって程度の差はあれ、ある程度は自分が魅力的と思う自分であるはずだ。
それでも婚活市場に繰り出すとなると、気に入っていたはずの明るい髪色をやめたり、太ってはないと思いつつも3kgくらい痩せようとしたり、いつもは袖から出ている部分だけを適当に剃っていたムダ毛をサロンで根こそぎやっつけなければならない気がしてしまう。
Tinderでより多くの右スワイプをもらいたいならば、男性陣の好みの中央値であるいわゆる「男ウケ」を意識して自分をカスタマイズする必要があるだろう。はたまた顔合わせの時に趣味を聞かれたら「お料理が好きで、得意料理はビーフシチューです。」と答えた方が良いだろう。
でも、具体的に誰か1人の妻になることをゴールに置いた場合、本当にそんなことが求められるのだろうか?
答えはNOである。
結婚はゴールではなく、生々しい「日常」の始まり
結婚はどうしてもハッピーエンディングのような、してさえしまえば一生の幸福が保証されているかのようなゴールに見えがちであるが、それは全くの虚像であり、幻想だ。
現実としては、新しい日常の始まりでしかない。
しかも、もともと赤の他人であった人と住まいを共にし、ベッドもトイレも共有して、同じ洗濯機で下着を洗うような日常である。
あなたが体調もメイクのノリもバッチリで、海辺までドライブしたいような晴れやかな気分の日に隣にいてくれる夫は、残業と接待続きの平日がやっと終わり、ひどいクマと重い生理痛に苛まされ、出かけるどころか誰にも会わずに一日中寝ていたいような日にだって同じ空間にいるのだ。
スッピンも見せれば裸も見られる。うっかりトイレのドアを開けられる日もある。独り身ならば誰にも見られることのない自分の滑稽な姿や、まるでダメな状態を晒さざるを得ない。
それぞれバスルームとトイレのついたベッドルームで寝起きし、家事育児はお手伝いさんにお任せみたいな生活ならば、互いに猫を被ったままの結婚生活が送れるかもしれない。ただ、猫をかぶっている以上それは仮面でもある。「病める時も健やかなる時も」とはだいぶニュアンスの異なる夫婦になることだろう。
つまるところ、結婚とは取り繕いようのない、自分でも直視したくないような部分もひっくるめた「ありのままの姿」を相手とシェアすることである。
「最高に仕上げた自分」で婚活に挑むリスク
それを前提に置くと、最高に仕上げた自分で婚活に挑むと、結婚式の翌日から「最高でない自分」と闘う日々が続くことになる。
着飾るな、カッコつけるな、と言っているのではない。第一印象は良いに越したことはないし、ロマンチックなデートには最高にキレイな自分で挑むべきだ。ただ、結婚式のさらにその先の日常を共に生きることを見据えるのであれば、早々に「最悪な自分」を晒していく必要がある。
- 人に会わない日は一重瞼であること
- ブラデリスNYのブラを外したらAカップなこと
- パジャマがめちゃくちゃダサい高校のジャージであること
会った初日に言う必要はないし、ステップや順序もあるだろう。
ただ、そんな告白ができないと感じる相手なら、結婚しない方が良い。断言する。
もしくは、それを知った相手が逃げ出したなら、うっかり結婚しなくてラッキーと考えるべきである。
相性の良さよりも「お互いの最悪を受け入れられるか」
自分と相性の良い人間は、意外とたくさん存在する。
何回かデートしたり、一定期間付き合うだけの関係ならそれでいい。でも結婚したいならば、相性の良い人間の中から、「お互いの最悪を受け入れられる人」を見つけ出さなければならないのだ。
私は夫と趣味も感性も生まれ育ちも全く違う。なんなら共通点は「同じ星に生まれたこと」以外、何もない。
そんなこともあって、婚活している友人に何故結婚したのかを聞かれることが多い。見た目がタイプなわけでも、共通の趣味があるわけでもないのだが、どういうわけだか「この人となら明日食べるお米に困っても、なんとか乗り越えていけそう」と感じたのだ。
当然、食べるのに困ることが許容できるレベルなら、夫が遅刻魔でも、料理はそうめんしか作れなくても、ある日ハゲたとしても愛せる。
- 自分の最悪を見せること。
- 相手の最悪を許容できること。
円満な結婚生活を求めるならば、これに尽きる。
▼ ちなみに、外すとAカップになる魔法のブラ(ブラデリスNY)はこちらです(笑)


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