小学校受験か、中学校受験か。
ある程度の経済的に余裕があれば、我が子の教育を考えた時に必ずと言っていいほどぶつかる岐路ではなかろうか。
よく小学校受験は親の受験と言われる一方で、中学校受験は親の伴奏と本人のやる気が必要不可欠と言われる。その実、小学校受験は小論文並みの記述式の願書から親子面接があることがほとんどで、子どもが受けるペーパー試験や実技試験にしても、遅くとも年中の始めからは専門のお教室に通って、休日はあちらこちらへ連れ回して自然に触れされ、身体を動かさせねばならない。膨大なお金と体力がかかること必至だが、頭も身体もやわらかい年齢の子どもなので、その分吸収も早く、よほど適性がない場合を除けばある程度までは順調に伸びるだろう。
かたや中学受験はと言えば、出題範囲は小学校で習わないことばかりで、つるかめ算や「5年後の12月25日は何曜日でしょう」、などと一癖も二癖もある難問が多く、これまた学習塾で専門の勉強をしなければ受からないだろう。また小学校受験と違って、本人のやる気がなければ大量の演習や難問に取り掛かることはできないため、プリント整理やお弁当作りといったサポートと別に、本人のモチベーションが湧くように仕向け、やる気を鼓舞すると言った正解のないサポートが必要となる。
そして、小学校受験・中学校受験、どちらの場合も無事に合格し、入学したとして、子どもの将来に及ぼす違いはなにか。
私立小学校の中でも、大学までエスカレーターで上がれる学校と、高校や大学は付属していない、もしくは外部受験を大前提にしている校風の学校がある。一見、前者は一回の受験で大学まで入れてしまうのでお買い得な感じがするが、それは必然的に子どもが大学に入学するまでのレールを敷ききってしまうことにななる。まだ本人がひらがなも書けないうちに、最終学歴まで親が決めてしまうことは本人の可能性を狭めるリスクがある。早稲田や慶應なら御の字、青学でも万々歳と考える家庭もたくさんあるだろうが、もし本人が将来、医学部に行きたい、東大で◯◯の研究がしたい、と思った時、大学までエスカレーターで進む生徒が大半の環境の中で、外部受験の勉強をするのは想像以上に苦しいものである。かく言う私自身、学年の半数が付属の大学に推薦がもらえる高校に通っていたが、友人の多くが勉強よりも内申点を稼ぐために課外活動に邁進し、推薦が決まった高3の秋以降はスキップでもせんばかりに有頂天になっている中、黙々と志望校の赤本を解くのはなかなかの精神力が必要であった。
では高校や大学は付属していない、もしくは洗足学園のように外部受験が当たり前の校風の私立ないしは国立小学校を目指すのがいいのだろうか。まず国立小学校は実力では太刀打ちのできないくじ引きで落とされる可能性が大いにあるため、単願は現実的ではない(逆に記念受験にはうってつけとも言える)。そして私立だけれども外部受験が当たり前の環境に行く場合、特に洗足学園のように中学も外部受験をする校風であれば、遅くとも小学4年生からは塾に通う必要があるだろう。必死に小学校受験を乗り越えたのに、また4年もしないうちに次は中学受験を目指すとなると、時間的・労力的・経済的にもパフォーマンスがかなり悪いと言わざるをえない。小受の中では、高校まで内部進学、大学は外部受験パターンが、小学校受験の労力に対するパフォーマンスも良く、大学は本人の意志で選択できるという意味でバランスが取れていると言える。
一方、中学受験をした場合も、大学が付属(または推薦制度がある)しているかどうかという岐路はあるが、小学校受験の場合よりも本人の能力や興味の対象は随分と明確化されている年頃であるため、小学校受験ほどレールを敷き切ってしまうリスクは低い。
また小学校受験よりも中学受験の方優れていると言えるポイントは①偏差値の近しい母集団であること②男女別学の選択肢があること、の2点ある。
①偏差値の近しい母集団であること
人は偏差値が20以上差があると、深い関係が築けないという。小学校受験では、いわゆる偏差値は測れないため、同じく合格し入学し、同じカリキュラム下で育ったとしても、成長するにつれ、偏差値に大きな差が生じてくる場合がある。小学生の時は仲良くできていたとしても、中学・高校になる頃には偏差値に大きな乖離ができ、次第に共通言語が失われて友人関係が維持できなるなる可能性がある。一方、中学受験は明確に偏差値で合否が分けられるため、同じ頭脳レベルの、より切磋琢磨できる一生モノの人間関係を形成できる可能性が高いと言える。
②男女別学の選択肢があること
私立中学は男女別学の選択肢が格段に増える(女子小学校はたくさんあるが、男子小学校は全国に2つしかない!)。思春期に入ると男女では成長速度に大きな差が生まれ、分かりやすく言うと、女子は賢く男子はアホになる。スマートな女子からすればアホなことばかりする幼稚な男子は邪魔でしかなく、また男子からしても些細なことにも目くじらをたてる女子を邪魔くさく感じるようになる。男女平等やダイバーシティがこれだけ叫ばれる時代になってもなお、男女別学が根強く残っているのにはそれなりの理由があるのである。
他にも男女別学の利点はあるが、長くなるのでまた別の記事で触れることにする。
以上だいぶ長くなってしまったが、「親が主導権を握ってレールを敷きたいならば小受、子供の適性に合わせて伴走していくならば中受」と言えるのではないか。
最後に、中学受験をベースにしたこちらの小説が面白かったので紹介する。中学年くらいなら充分読める内容なので、小学生のお子さんに中学受験を考えさせるきっかけにもなると思う。


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